【えせぽえまー夏の陣】

ジワジワと頭に響くセミの歌声は俺の心の雲を吹き飛ばす力。
カラカラの空気に湿気を与え、活き物に生気を取り戻す突然のスコール。
俺の視界の中に映っているのはそう・・・・紛れも無く桃源郷。
ここに広がるのは大きく透き通った海!!

夏・・・・夏、夏、夏、夏、夏、夏、夏、夏、夏--------------NATUッ!!!!

「あぢぃーーーー!!」
『ガチンッ!!』
「痛ッ!!」

突然の衝撃に夜空を舞う流星群の如く視界が点滅した。
俺は気分を変えようと流星群を見つめていたが、ふと我に帰った。

「あーー! もうッ!! 何一人でブツブツ言ってるんだか。
 少しは黙っててよ、もー聞いてるこっちが恥ずかしい」

それもこれも一緒にこの島へ来た女友達の加奈のせいだ。

「はぁ!? 聞いてるこっちって何だよ? 俺は何も言ってないぞ。
 てか中身入ってるじゃないかこれ!!」

道に転がったコーラ缶は先ほどの衝撃の威力を物語るようにへこんでいた。
転がるコーラ缶を広いながら、抗議のために眉根を寄せて凄んでみせる。

「うっ、ぷははは。何? ホントお前覚えてないの? 」
「何をだよ? 耕一」

耕一の笑い声で雰囲気が一変する。
腹を抱えて肩で息をしているが・・・どうしたんだ?
何も面白いことは無かった気がするけど。

「えー? マジで?
 あかんなぁ、泰志よぉ、一人で別の世界に行かんといてぇよ。く、あはははは」

笑い転げている耕一をほっといて、まだ分かって無いといった感じの俺に加奈が声を掛ける。

「ホントおめでたいわね・・・・、泰志はさっき一人でセミがなんちゃらとか、
 スコールが何々とか、自分の感想をカッコつけて言ってたって感じだったのよ。
 それが終わったかと思うといきなり夏の連続ッ!
 あげくの果てにうざい大きな声で熱い!!って叫んで。
 ったく、周りに他の人がいたらどうすんのよ」
「白い目で見られるだろなぁ、泰志ぃ。ほんまその時は他人のフリやんな、加奈」
「そーそー」

ニカカといった感じの耕一とヤレヤレといった感じの加奈の視線。
これはちゃんと顔にも日焼け止めを塗っておかなくてはいけないようだな。
今なんか本当にヒリヒリと視線が痛いぞ。

「まーそんな事どーでもいいだろ。
 目の前に海があるんだからさっさと泳ごうぜ」

そう言うと俺は海パンに着替えるため、
サンダルに入ってくる熱い砂をもろともせず海の家へ走った。

「あいつはホンマにマイペースよなぁ」
「・・・・ドーカン」



【太陽】

降り注ぐ熱い熱気。
そして押し寄せる大きな波。
この俺に挑戦を挑んで来るとは・・・・・・フッ、なんと愚かな。

「っつうかさぁ、泰志って日射病? それとも腐れポエマー?」
「耕一・・・ポエマーは無いと思うよ。 それにあいつのは昔からじゃん」
「そーだけどさー、やっぱ絡み所って感じじゃん? エセ突っ込み役としては絡まないとね」
「エセねぇ」

さぁ者ども、我と共にいざ行かん!
進むべくはこの晴れわたる空へと続く青い道。

「ヤーヤーヤァー! 我につづけぇッ!! 目指すは心の故郷、約束の地!!」

声高々に叫び、俺は準備体操もせずに空へ続く青い平原へと走っていった。
そこに水平線というとてつもなく大きな敵がいるのも忘れて。

「っつうかさぁ、止めないんですかぁ? 加奈〜」
「っていうか今は関わりたくない」
「・・・・・・ごもっとも。
 あぁ、家族連れの子供がみてるよ、可愛そうに」
「きっとトラウマになるわね・・・」

二人の会話など耳には入らない。
聞こえるのは我が同胞の賛同と賛美の声。

ジャブジャブジャブジャブジャブッ!?

道を進むごとに体に冷ややかな感触が伝わってくる。
焼け石の様な俺の体は徐々に冷やされ頭も冷たくなっていく。

「あ、あいつどこいった・・・?」
「んーまぁ、大丈夫っしょ、サメ進入防止の網もされてるしさ」
「うーん、そーだけどさー」

ガブガブガブッ!?

カラカラに干上がった喉に塩辛い液体が入ってくる。
そうか、ここが給水ポイントか。
しかし、飲みすぎたのかこの先は少し苦しくなって行くな。

「加奈・・・あれって」
「耕一・・・GO!!GO!!GO!!」
「ア、アイアイサーッ!!」

これは夢か幻か、青い世界に広がる光の雲、そしてそこに住まう海の精霊、魚人。
あぁ、なんだか頭がぼうっとしてきた。
目を閉じると遥か彼方に住まう我々の先祖が見えてきそうだ。

バシャバシャッ!!

ここはどこだ、背中が燃える様に熱い。
口を開けると何だ?海水が吹き出てくるぞ。
海水と交換に肺一杯に酸素が満ちていく。

「隊長ーー!! 泰志の救出完了しましたーー!!」 『ビシッ!!』
「ご苦労!! 耕一隊員!!」 『ビシッ!!』

さぁ我と共にいざ行かん、約束の地へ。

「泰志ぃ、頭だいじょーぶかぁ?」
「エセポエマー泰志」

ていうか敬礼の真似とか、落ち着きすぎだろ二人とも・・・。



【現実】

ここはどこだろう? それになんだ? このマブシイ日差しは。
俺は額に手を当てて光を防ごうとした。

「あれ?」

冷たく湿った感触がする。俺はそれを手に取って目の前にやった。

「タオル?」
「そー、タオル。私の」
「え?」

体を起こし、声がした方へ振り向く、
するとこの部屋の入り口のドアに、もたれかかっている加奈がいた。
片手にはコーラ缶、素早く頭をガードした。

「いや、投げないって」
「どうだか」

呆れた様に俺の横に来る加奈は、コーラ缶のブルタブを開けて飲みはじめた。

「俺にじゃないのか!?」
「自分で買え」

そういいつつ一口飲んだコーラをこっち寄越してくる。
ごちそうさま!!

「ったく、無茶するから。」

嬉々としてむさぼる様にコーラを飲む俺を横目に加奈は呟いた。

「もしかして俺って溺れてた?」
「はぁ・・・もしかしてってねぇ。 覚えてないの?」
「うっすらとは覚えてるんだけど」

はぁー、と長い溜息の後、加奈が再び話し始める。

「やっぱりさぁ。あんた、ハシャギすぎ。
 耕一のおかげで助かったけど、あのままいってたら今ごろホント、約束の地だよ」
「あ、あはははは・・・ごめん。つい興奮して」
「まーいーけど、慣れてるしね」
「そういえば耕一は?」

俺は部屋を見渡し耕一がどこにも居ないことを確認して尋ねる。

「耕一は泳いでると思うよ?
 ここに泰志を運んだ後に、なんか逆ナンくらったって言って出てったよ。
 まったく、あんたのおかげで私は貧乏クジよ」

そう言うと俺が手に持っていたタオルを取り、洗面器を持って加奈は出ていった。

「いざ行かん・・・・なーんて」と言う謎めいた言葉を残して。



【足跡】

そのまましばらく横になっていると日が落ちてきた。
辺りは薄暗くなり、静かに虫の歌声が聞こえてくる。

「・・・いざ行かん」

俺は立ち上がり部屋を出た。
どうやら宿泊先の旅館に寝かされていたらしい。
あいつらには世話になりっぱなしだな。
そんな事を思いながら俺は少し早い夜風にあたろうと旅館から出る。

「よー泰志ぃ、やっとお目覚めかぃ?」

玄関口の階段に座っていた耕一が声を掛けてきた。

「まぁな、それより助けてくれてありがとーな」
「はっはっはぁ、どーいたしまして」
「じゃ、俺はちょっと歩いてくる、飯は待っててくれよ?」
「ん? わかった。 それじゃ、俺は宴会の用意でも」

そう言うと耕一は笑いながら旅館の売店へ向った。

ん、しまった。
逆ナンの話を聞きそびれた、後で詳しく聞いてやる。

耕一をイジル事を心に誓い、砂浜へ続く暗い歩道を少し歩いていく。
薄暗い海には人は少なく、月の光が海面に反射してなんともいえない夜景だった。

「うーん、加奈はどこに行ったのかなぁ?」

あの後、部屋には来ないし、売店にも居ないから探しに来たんだけど、結局見つからない。
途方に暮れ、しばらく雲一つない星空を見上げていた。

「やぁ、エセポエマー君」
「え?」

突然の聞きなれた声に空を見上げるのをやめ、顔を正面へ向ける。
そこには優しく笑う加奈がいた。

「星空はどうですか?」
「ん、いやそんな事よりどこに居たんだよ」
「それは置いといて、私に対するポエムを一つ詠みなさい」

突然何を言い出すんだか・・・。
こいつの行動もよくわからないよな。
だいたいあんなに嫌ってた俺のポエムを詠めって言うんだから。

まぁ、詠めと言うんだ、詠んでやろうではないか。

「海に眠る太古の記憶。
 それは何よりも愛おしく、麗しい。
 心のカケラ、希望に満ち、羨望をあてられる片割れの存在を約束の地で見つける。
 ・・・いざ行かん!!」

そういうと俺は笑いながら旅館へ走る。

「ほらほら、加奈、早く来いよ。耕一が腹を空かしてまってるぞー」
「はぁ・・・ほんとエセポエマーなんだから」

後に残るは砂浜に残る足跡。
それはこれからの俺達にとって貴重な一歩だろう。

時には笑い、泣き、怒り、燻る。
そんな感情は声に出して飛ばしてやるさ。




・・・・・・end

















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